2015年 統一地方選挙 4月26日(日)投票

吹田市長選挙
フェイスブック
情報発信中!!
フェイスブック
オフィシャルウェブサイトへ

2015.4.26 吹田市長選挙せまる!
みんなで取り戻そう、西日本一の品格都市
前吹田市長・阪口よしおが
吹田市民に伝えたい
3つの主張

< 主張 1 >
かつて全国都市評価ランキング西日本1位だった
品格都市・吹田が大きな誤解を受けた4年前市長選挙

 前吹田市長(平成11年〜22年)である私の最終任期年であった平成22年、吹田市は大阪府で1、2を争うほど財政力のある、豊かで住みやすい品格都市でした。日本経済新聞の全国都市評価調査(平成21年)で、吹田市は西日本1位(全国6位)だったのです。
 ところが、それだけの都市を築きあげたにもかかわらず、私は再選を目指した4年前の吹田市長選挙のとき、対立候補陣営から以下のような「誤解だらけの批判」を受けました。

・・・・・・
「吹田市の職員給与は大阪一高い!?」
 談・4年前の対立候補陣営
(橋下徹氏が率いる大阪維新の会)

まったくのデタラメです!
住民一人あたりの職員給与は大阪府12位(政令市を除く41市町村)でした。

・・・・・・
「阪口市長(当時)は市の労働組合の推薦を受けている!?」
 談・4年前の対立候補陣営(橋下徹氏が率いる大阪維新の会) 

そんな事実はまったくありません!
市の労働組合から推薦を受けたことはなく、いつも対立候補を出されています。

・・・・・・
「吹田市(当時)の財政は赤字だ!?」
 談・4年前の対立候補陣営(橋下徹氏が率いる大阪維新の会)

どうしてそんな嘘をつくのか!?
吹田市の年度決算において、いまだかつて赤字収支になったことはありません。


 当時、これらの誤解も要因となり、私は再選を果たすことができませんでした。
 あれから4年、私は今でも悲しい気持ちになります。落選したことが悲しいのではなく、私が愛する吹田市が大きな誤解を受けたことが悲しいのです。
 だからこそ、まずはその誤解を解くことが、今回の吹田市長選挙にとって「はじめの一歩」となるのです。

< 主張 2 >
この4年間、
現市長が強行した数々の改悪によって
現在の吹田は様々な
住民サービス不当削られた
普通以下の街
になってしまいました。

 4年前、私に代わって新たに就任した現・吹田市長は、誰もが首をかしげるような驚くべき改革(いや、改悪)に着手しました。それが吹田市の「財政非常事態宣言」です。
 これには私のみならず、多くの人々が目を白黒させたはずです。
 上述した通り、当時の吹田市の財政状態は、かれこれ何十年も黒字収支が続くなど大阪屈指の豊かさを誇っており、だからこそ高い住民サービスに定評があったのです。そんな高レベルの品格都市・吹田のどこが財政非常事態なのでしょうか?
 つまり、現・吹田市長は吹田市の財政がまったく非常事態でないにもかかわらず、「行政の維新プロジェクト」という触れ込み(政治パフォーマンス)のもと、吹田市が全国に誇る以下のような様々な住民サービスを不当に削ってしまったのです。

◆現・吹田市長によって削られた主な住民サービス
「国民健康保険料値上げ」
「ゴミ袋無償配布の廃止」
「公共施設使用料の値上げ」
「住民票等の値上げ」
「福祉巡回バスの廃止」
「市民会館の閉鎖」
「太陽光発電設置助成の廃止」
「鍼灸マッサージ助成の廃止」
「生活困窮者への際末見舞金の廃止」
「被爆者2世支援事業の事実上の廃止」
「吹田市内の広い用地を次々売却」
・・・など

豊かで健全な吹田市だからこそ提供できた
様々な高レベルの住民サービスを、
どうして強引に削る必要があったのでしょうか?


 充実した住民サービスは「福祉・育児・教育・医療の街」の名に恥じない、かつての吹田市が誇るべき最大の長所でした。しかし、現在の吹田市は「行政の維新プロジェクト」(政治パフォーマンス)という旗印のもと、それらの多くを不当に廃止してしまいました。


 財政は健全であることを考えると、いったい何がしたかったのでしょうか?維新プロジェクトとは西日本一の品格都市・吹田市を普通以下に引き下げる改悪のことだったのでしょうか?

このままでは吹田市が危ない!

< 主張 3 >
だから私はかつての品格都市・吹田を取り戻します!
福祉
平和を掲げた西日本一、いや日本一の街へ―。
前吹田市長・阪口よしおには、まだやり残したことがあるのです。

◆福祉・育児・教育・医療の吹田市を復活させます!
 この4年間で大きくレベルダウンした住民サービスを取り戻し、かつての品格都市・吹田を復活させられるのは、この吹田で生まれ育ち、吹田市政に長年取り組んできた私しかいないと自負しております。これまでの経験を生かして、吹田の再生・発展に取り組みます。

◆吹田市を一市民として見た4年間の経験をプラスアルファ!
 前回の吹田市長選挙に敗れて以降、私は何も考えずに日々を過ごしてきたわけではありません。この4年間、一人の市民に戻ったからこそ見ることができた地域の現状を踏まえ、次に市政に取り組むときは何をどう手がけていくべきかを慎重に考えてきました。また、これからの私に必要なことも貪欲に学び続けてきました。
 したがって、これまでの経験を生かしつつも、それに縛られすぎることなく、まったくゼロから市政に挑戦するという謙虚な姿勢を重視したいと考えております。この4年間でさらに成長した新生・阪口よしおとして、自由で大胆な取り組みを実行していく所存です。

◆私がやり残したこと、それは西日本一から日本一への総仕上げ!
 私はこれまで大阪府議会議員を3期(12年)務めた後、吹田市長を同じく3期(12年)務めました。吹田市民の皆様の中には、今さら何をするのか、と言われる方もいるかもしれません。
 しかし、私にはまだやり残したことがあるのです。まだ道の途中なのです。
 吹田市の都市評価を西日本一から日本一にするべく、すべての吹田市民が安心して暮らせる福祉・育児・教育・医療の体制を整えるべく、最後の総仕上げに取り組みたいのです。
 だからこそ、4年前の吹田市長選挙において、当時熱狂的威力のあった橋下徹氏が率いる「大阪維新の会」に前進を阻まれ、さらにそれによって現在の吹田市がレベルダウンしてしまったことは、私にとっては志なかば、吹田市にとっては後退を意味しています。私はそんな吹田市の後退を阻止し、そのうえで史上最高の吹田市を築くために、再び市政に立ち上がったのです。

「吹田とともに、市民とともに」
全国に誇れる魅力的な都市を
目指して、再び立ち上がりました。
皆様、よろしくお願い申し上げます。

オフィシャルウェブサイトへ


Copyright (c) 2015 YOSHIO SAKAGUCHI All Rights Reserved.